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  • 「今週中にやります」の恐怖

    なぜか時刻は4:44

    前の話では、
    仕事のスピードについて書いた。

    でもこれは、
    飲食の現場だけの話ではない。

    一緒に仕事をしている、
    いろんな人に対して思う。

    みんな、仕事をスケジュールに入れなさすぎる。

    何かをお願いする。

    「分かりました。やります。」

    いつやるの?

    「今週中には。」

    僕には、
    これがちょっと怖い。

    今週中の、いつ?

    月曜日の10時なのか。
    水曜日の午後なのか。
    金曜日の夕方なのか。

    僕の中では、

    「やることを決める」と、
    「やる時間を決める」は、全然違う。

    予定に入れない仕事は、
    どんどん後ろへ追いやられる。

    電話が鳴る。
    メールが来る。
    誰かに呼ばれる。
    別の仕事が入る。

    そして「今週中」が、

    金曜日の夕方になる。

    (笑)

    だから僕は、

    「企画書をつくる。」

    ではなく、

    「火曜日の13時から15時まで、企画書をつくる。」

    ここまで決める。

    その仕事が初めて、
    自分の時間の中に居場所を持つ。

    昔は、
    これをやりすぎていた。

    365日、
    ほぼ24時間、
    スケジュールを組んでいた。

    カレンダーには普通に、

    「23:00−5:00 就寝」

    まで入れていた。

    (笑)

    しかも、
    目覚ましはかけない。

    それでも、
    だいたい勝手に目が覚める。

    スマホを見る。

    4:44。

    なぜか、
    これがやたら多い。

    (笑)

    そして5時から、
    また次の予定が始まる。

    ある時、
    さすがに思った。

    「これ、ちょっとまずいな。」

    寝る時間まで、
    自分で予定化している。

    このままいくと、
    本当に病みそうだなと思って、

    今はそこまでやるのをやめた。

    だから、

    睡眠まで予定に入れろ、
    という話ではない。

    (笑)

    ただ、
    仕事については今も同じだ。

    何をするかだけでなく、

    いつやるかまで決める。

    一時間しかないなら、
    その一時間でやる。

    終わらなければ、
    続きの時間をまた取る。

    そうすれば、
    少なくとも仕事は前へ進む。

    「時間ができたらやる。」

    暇になったら。
    落ち着いたら。
    余裕ができたら。

    そんな日は、たぶん永遠に来ない。

    仕事が速い人と、
    なかなか進まない人の違いは、

    能力だけではないと思う。

    自分の時間を、先に押さえているか。

    これだけでも、
    かなり違う。

    難しくもない。
    お金もかからない。
    今日からできる。

    なのに、
    意外なくらいやる人が少ない。

    なんでだろう。

    たぶん、

    予定に入れた瞬間、
    逃げ場がなくなるからだ。

    「今週やります。」

    なら、
    まだ逃げられる。

    でも、

    「水曜日の14時からやります。」

    と言ったら、

    水曜日の14時には、
    やるしかない。

    少し窮屈だ。

    でも、
    仕事を前へ進めるって、
    たぶんそういうことでもある。

    僕自身、
    人に偉そうなことは言えない。

    何しろ、

    睡眠まで予定表に入れて、
    4時44分に勝手に目を覚ましていた人間だ。

    (笑)

    そこまでやる必要はない。

    僕も、
    もうやっていない。

    でも仕事くらいは、

    「いつかやる」を、
    「いつやる」に変える。

    時間ができたから、
    仕事をするんじゃない。

    仕事をするために、時間を取る。

    僕は、
    こっちだと思う。

  • 分からないなら、その場で訊けばいい。

    「あとで訊く」が、仕事を止める。

     

    仕事の速い人を見ていると、

    頭の回転だけが、
    特別速いわけではないと思う。

    もっと単純なところに、
    結構な差がある。

    分からなかったら、すぐ訊く。

    これだ。

    僕は、
    分からないことがあると、
    結構すぐ人に訊く。

    もちろん、
    自分でも調べる。

    でも、
    調べ終わるまで待たない。

    同時並行でやる。

    検索する。

    AIにも訊く。

    詳しそうな人に電話する。

    別の人にも訊く。

    それぞれから入ってきた情報を、
    また自分で考える。

    逆に、
    仕事がなかなか進まない人を見ていると、

    電話一本かければ
    五分で分かることを、

    なぜか翌日まで訊かなかったりする。

    詳しい人がいるのに、
    訊かない。

    そして、
    分からないまま時間だけが経つ。

    僕には、
    これが結構不思議だ。

    会議でも同じ。

    五人で、

    「ああじゃないか。」
    「こうじゃないか。」

    と話している。

    でも、
    答えを知っている人が外にいる。

    だったら僕は、

    会議中でも電話する。

    (笑)

    「ちょっと待って。」

    その場で掛ける。

    訊く。

    答えが出る。

    はい、次。

    答えを知らない五人で
    十分考えるより、

    答えを知っている一人への
    一本の電話の方が早いことがある。

    しかも、
    その十分は一人の十分じゃない。

    五人いれば、

    五十分分の時間だ。

    だったら、
    電話した方がいい。

    僕にとって会議は、

    「あとで調べます」を決める場所ではなく、

    その場で解決できるものは、
    その場で解決する場所でもある。

    もちろん、

    何でも人に丸投げして、

    「教えてください。」

    では駄目だと思う。

    自分でも考える。
    自分でも調べる。

    そのうえで、
    人の知恵も借りる。

    全部、
    同時に走らせればいい。

    でも、
    これが苦手な人は結構多い。

    たぶん、
    遠慮もあるんだと思う。

    忙しいかな。

    迷惑かな。

    こんなこと訊いたら、
    知らないと思われるかな。

    もう少し自分で調べてからにしようかな。

    その気持ちは、
    分からなくもない。

    僕はたぶん、

    そのへんの遠慮が、
    かなり少ない。

    (笑)

    訊けば五分で済むことを、
    遠慮して二日止める方が、

    仕事全体では損だと思っている。

    しかも案外、
    人って訊かれると嫌じゃなかったりする。

    少なくとも、
    僕は結構嬉しい。

    「これ、どう思います?」

    「シンさんならどうします?」

    と訊かれると、
    普通に考えてしまう。

    まあ、

    経営参謀なんてものまで
    始めてしまったくらいなので、

    少し特殊なのかもしれない。

    妙な使命感も、
    たっぷりある。

    (笑)

    僕の周りで仕事の速い人を見ると、

    やっぱり、

    初動に躊躇が少ない。

    ただ一人だけ、

    ものすごく仕事が速いのに、
    周りへの配慮まで完璧な人を知っている。

    遠慮もする。

    気も遣う。

    それなのに、
    異常に速い。

    あれは、
    例外中の例外。

    僕が知っている中でも、
    一人しかいない。

    優秀すぎて、
    見ていると口が開いたままになる。

    (笑)

    僕は、
    そこまで器用ではない。

    だから多少KYでも、

    まず訊く。

    調べる。

    分かったら、
    次へ行く。

    仕事の速さって、

    効率化とか、
    時間管理とか、

    そんな難しい話の前に、

    分からないことを、
    分からないまま置いておかない。

    これもかなり大きいと思う。

    電話一本で済むなら、
    電話する。

    訊けば済むなら、
    訊く。

    その場で調べられるなら、
    調べる。

    小さな初動の差が、

    一日、
    一週間、
    一年と積み重なる。

    遠慮して止まるより、訊いて進む。

    僕は、
    圧倒的にこっちだ。

  • 僕の一日は濃ゆい。

    「今、電話していいですか。」と訊きながら既に掛けてる人が好き。

    たぶん、
    僕の時間軸は人よりかなり速い。
    昨日話したことが、
    もう三日前くらいに感じる。

    一週間経つと、
    感覚的には一か月前だ。

    だから普通に思ってしまう。

    「あれ、まだやってないの?」(笑)

    昔からよく言われる。

    「生き急いでる。」

    たぶん、
    そうなんだと思う。

    何かを思いついた瞬間から、
    僕の中ではもう始まっている。

    調べる。
    電話する。
    人に訊く。
    行ってみる。
    つくる。
    直す。

    一気にやる。

    だから、

    僕と話している途中や、
    会議をしている最中に、

    「今、電話します。」

    と言って、
    その場で掛け始める人が好きだ。

    その瞬間に、
    仕事が一つ前へ進むから。

    話しながら、
    横で検索できちゃう人も好きだ。

    「あとで調べます。」じゃなく、その場で調べる。

    こういう人とは、
    仕事がどんどん進む。

    店の現場では、
    この速度差を特によく感じる。

    当然、
    店には今日の営業がある。

    仕込みもある。
    予約もある。
    お客様も来る。

    僕が持ち込むのは大抵、
    そこへ新しく増える仕事だ。

    だから、

    僕の時計で、全員を測ってはいけない。

    これは分かっている。

    でも、
    それでも思う。

    仕事には、鮮度がある。

    今日話して、
    「やろう」となった。

    翌日に一つ動く。
    翌々日に、また一つ動く。

    そうすると、
    その熱のまま仕事が進む。

    一週間放っておくと、

    「あれ、どうなった?」

    「ああ、あれですね。」

    またエンジンをかけ直すところから始まる。

    これが、
    ものすごくもったいない。

    僕が欲しいのは、
    雑な速さではない。

    濃い速さだ。

    深く考えることと、
    時間をかけることは違う。

    三日間、
    寝ても覚めても考えるのと、

    一か月、
    机の端に置いておくのは違う。

    考える。

    動く。

    違ったら直す。

    また動く。

    仕事が速いというのは、
    僕にとって、

    限られた時間の中で、試せる回数を増やすことだ。

    一回試す人より、
    三回。

    三回より、
    十回。

    同じ一年でも、
    たぶん見える景色は全然違う。

    だから僕は、
    やっぱり速くありたい。

    僕と同じ速度でなくていい。

    でも、

    もう半歩だけ、速く来てほしい。

  • 僕が自分の店で食べる理由。

    好き勝手に飲み食いしているようで、案外ちゃんと仕事をしている。

    僕は、

    普段ほとんど店にいません。

    それでも、

    できるだけ自分の店で食事をします。

    酒も飲む。

    理由は二つ。

    一つは、

    自分の店の今を知りたいから。

    もう一つは、

    もっと単純で、

    普通にうまいからです。

    オーナーが店に来ると、

    多少は店も構えます。

    「シンさん来た。」

    となる。

    まあ、

    気持ちは分かる。

    (笑)

    でも、

    付け焼き刃のお化粧は、

    だいたい筒抜けです。

    現場に毎日いると、

    少しずつの汚れや雑さが日常になって、

    見えなくなることがあります。

    だから、

    たまに外から入ってくる目も必要です。

    そして僕は、

    店が忙しくても、

    あえて普通のお客様に混じって食事をします。

    現場からしたら、

    「お前もなんか手伝えよ。」

    と思っているかもしれない。

    (笑)

    新人のアルバイトさんなら、

    「忙しいのに、この人だけ美味しそうなもの食べてるな。」

    くらいに思っているでしょう。

    実際、

    うまい。

    (笑)

    でも、

    ただ食べているわけでもありません。

    料理を待つ。

    食べる。

    酒を頼む。

    周りを見る。

    料理はいつも通りか。

    温度はどうか。

    提供時間はどうか。

    グラスが空いた。

    誰か気づくかな。

    周りのお客様は楽しそうか。

    スタッフは周りが見えているか。

    特に忙しい時ほど、

    いろいろなものが見えます。

    ただ、

    気づいたことを全部現場に言うわけではありません。

    料理については、

    料理長にかなり率直に伝えます。

    でも、

    サービスや掃除、店の空気については、

    気づいたことが100あっても、言うのは1くらい。

    残りの99は、だいたい黙っています(笑)

    食べる。

    見る。

    気づく。

    そして、

    だいたい黙っている。

    僕は、

    普通に自分の店が好きです。

    うなぎが食べたい。

    肉が食べたい。

    和食が食べたい。

    近隣で考えれば、

    普通に自分の店を選びます。

    それくらいの商品を出しているつもりだし、

    そうでなければ困る。

    飲食店は最後には、

    一人のお客様が食べて、どう感じたか。

    そこへ戻る。

    だから僕も、

    客席に座ります。

    食べる。

    飲む。

    待つ。

    見る。

    そして自分に訊く。

    今日、この店に来て良かったか。

    YESなら、

    普通に嬉しい。

    NOなら、

    どこかがおかしい。

    現状把握が半分。

    純粋に食べたい気持ちも半分。

    周りから見れば、

    忙しい店でオーナーが酒を飲んで、

    うまそうなものを食べている。

    まあ、

    そう見えるのも仕方ない。

    (笑)

    好き勝手に飲み食いしているようで、
    案外ちゃんと仕事をしている。

    僕が自分の店で食べる理由は、

    そんなところです。

  • 景色は、あるだけでは商品にならない。

    景色は、所有するものではなく、切り取るもの。

    海が見える。

    山が見える。

    街の灯りが見える。

    それだけで、

    土地の価値は確かに上がります。

    でも宿をつくる側からすると、

    景色があるだけでは、まだ素材です。

    どこから見るのか。

    どう見せるのか。

    そして、

    その景色の中でどう過ごしてもらうのか。

    そこまで考えて、

    初めて景色は商品になる。

    「オーシャンビューです。」

    そう聞いて現地へ行く。

    確かに海は見える。

    でも、

    立っている時しか見えない。

    椅子に座ると窓枠で消える。

    ベッドに寝ると空しか見えない。

    風呂に入ったら塀しか見えない。

    これでは、

    せっかくの景色がもったいない。

    だから僕は現地へ行くと、

    立つ。

    座る。

    しゃがむ。

    時には地面近くまで目線を落とす。

    宿でずっと立っている人なんて、

    いないからです。

    **ソファに座った時。

    ベッドに寝た時。

    湯につかった時。

    その目線から何が見えるのか。**

    僕が見たいのは、

    そっちです。

    そして、

    景色は広く見せればいいわけでもありません。

    隣の家。

    電柱。

    道路。

    駐車場。

    余計なものを切って、

    美しいところだけ残した方が強くなることもある。

    僕は、

    借景という考え方が好きです。

    向こうの山も使う。

    海も使う。

    空も使う。

    遠くの街の灯りだって使う。

    こちらがお金を払ってつくったものではないのに、

    窓の切り方一つで、

    自分たちの空間の一部になる。

    こんなに贅沢なことはありません。

    そして、

    景色には一番美しい時間があります。

    朝がいいなら、

    その景色を見ながら朝食を食べてもらう。

    夕景がいいなら、

    その時間に酒を飲める場所をつくる。

    夜空がいいなら、

    照明を考える。

    景色と、人の時間を合わせる。

    そうすると、

    窓の位置も、

    風呂の場所も、

    ベッドの向きも変わってきます。

    だから僕にとって景色は、

    建築が完成してから、

    「ちなみに海も見えます」

    と付け加えるものではありません。

    景色から、建築を考えることだってある。

    宿泊事業なら、

    それはそのまま商品力にもなります。

    窓の向こうに海がある。

    湯船の先に山がある。

    ベッドから朝日が見える。

    その一枚を見て、

    「ここに泊まりたい。」

    と思う人がいる。

    海が見える土地を持つことと、

    海を商品にすることは違う。

    景色は、所有するものではなく、切り取るもの。

    そして、

    その切り取った景色の中で、

    人にどう過ごしてもらうのか。

    そこまで考えるのが、

    僕にとっての宿づくりです。

  • 「みんなが来やすい店をやりたい」が、一番怖い。

    誰にでも来てほしい店は、誰のための店でもなくなる。

    飲食の仕事をしている人と話していると、
    たまにこんな会話になります。
    「将来、自分で店をやりたいです。」
    いいね。
    「どんな店をやりたいの?」
    「みんなが来やすい店をやりたいです。」
    本人は、
    すごくいいことを言った顔をしている。
    でも僕の頭の中では、
    その瞬間、
    超危険アラートが鳴り響いています。
    (笑)

    みんなって、誰?
    やばいぞ。またこのパターンだ。。

    店づくりは、
    選択の連続
    場所。
    広さ。
    席数。
    料理。
    値段。
    内装。
    営業時間。
    そのたびに、
    「誰のため?」
    が必要になります。
    若い人にも来てほしいから値段を下げる。
    家族にも来てほしいからメニューを増やす。
    一人客も入りやすくする。
    宴会も取れるようにする。
    全部やる。
    すると、
    いつの間にか、
    何の店なのか分からなくなる。
    誰も排除したくない。
    その気持ちは分かります。
    僕だって、
    できるだけ多くのお客様に来てほしい。
    でも、
    「誰でも来てください」と、
    「誰のための店か分からない」は違う。

    最初に決めるのは、
    誰に一番喜んでもらいたいのか。
    その人は、
    何を食べたいのか。
    いくら払うのか。
    どんな時間を過ごしたいのか。
    そこが見えてくれば、
    料理も、
    値段も、
    空間も、
    サービスも決まってきます。
    そして面白いことに、
    誰かに強く刺さる店の方が、
    結果としていろんな人が来てくれることもある。

    逆に、
    最初から全員に合わせると、
    全部が少しずつ薄くなる。
    料理も普通。
    値段も普通。
    内装も普通。
    サービスも普通。
    悪くない。
    でも、
    わざわざその店へ行く理由もない。
    だから、
    「みんなが来やすい店をやりたい。」
    と聞くと、
    僕は訊きます。

    その“みんな”って誰?

    そこまで見えてきて、
    ようやく店の輪郭が出てくる。
    物件を探す前に。
    厨房機器を選ぶ前に。
    店名を考える前に。
    まず、

    誰に、何を、どう喜んでもらうのか。

    「みんなが来やすい店。」
    その言葉が出た瞬間、
    本人には聞こえていないけれど、

    僕の頭の中では今日も、
    ウー、ウー、ウー。
    と、
    かなり大きな警報が鳴っています。
    (笑)
    たぶんメッチャ顔にも出ています。
    (笑)(笑)

  • 外食は、授業料だと思っている。

    その一食で、将来の自分の値段を上げる。

    飲食の仕事をしているなら、
    良い店へ行ってほしい。
    そして、
    お客様として食事をしてほしい。
    少し高い店なら、
    授業料だと思えばいい。
    店に入る。
    迎えられる。
    席へ案内される。
    注文する。
    料理を待つ。
    食べる。
    酒を飲む。
    会計をする。
    見送られる。
    その全部を、
    お客様として体験する。
    料理がうまかった。
    サービスが良かった。
    それだけで終わったら、
    ちょっともったいない。
    なぜ、良かったのか。
    料理なのか。
    温度なのか。
    器なのか。
    出てくるタイミングなのか。
    サービスなら、
    距離感なのか。
    話し方なのか。
    声をかけるタイミングなのか。
    逆に、
    居心地が悪かったなら、
    それも授業になります。
    なぜそう感じたのか。
    少しだけ考えてみる。
    別に、
    評論家になる必要はありません。
    粗探しもしなくていい。
    普通に楽しめばいい。
    酒だって飲めばいい。
    僕も飲みます。
    ただし、
    勉強するつもりで行った日に、酒に呑まれて帰ってきたら授業にならない。
    (笑)
    そして一つでも、
    「これ、いいな。」
    と思ったものがあれば、
    自分の中に持って帰る。
    同じ三年間、
    飲食店で働いた二人がいたとします。
    一人は、
    自分の店しか知らない。
    もう一人は、
    休みの日にもいろいろな店へ行き、
    自分のお金を払い、
    良い料理を食べ、
    良いサービスを受け、
    考えてきた。
    三年後、
    二人が同じ市場価値だとは、
    僕は思いません。
    会社から与えられる仕事だけが、
    自分を育てるわけではない。
    自分の市場価値を上げる責任は、最後は自分にある。
    料理を知っている。
    酒を知っている。
    サービスを知っている。
    良い店を知っている。
    そして、
    お客様が何に喜び、
    何を嫌がるのかを、
    自分自身の体験として知っている。
    これは資格にはなりません。
    履歴書にも全部は書けない。
    でも、
    一緒に仕事をすれば、
    ちゃんと差が出ます。
    だから僕は、
    良い店で食べるために使ったお金を、
    単なる浪費だとは思いません。
    良い店へ行く。
    自分のお金を払う。
    お客様として座る。
    食べる。
    飲む。
    感じる。
    考える。
    そして、
    一つ持って帰る。
    外食は、授業料。
    その授業料で買っているのは、
    一回の食事だけではありません。
    少しずつ、将来の自分の値段を上げている。
    僕は、
    そう考えています。

  • 僕だけに見える景色が、たまにある。

    僕が探しているのは、土地ではなく、その土地に埋もれている事業の種だ。

    土地を見に行くと、

    みんな、だいたい今見えているものを見る。

    僕も見ます。

    でも、

    その奥が気になる。

    「この先、何かあるんじゃない?」

    売地を見に行く。

    雑草だらけ。

    竹藪。

    雑木。

    古い建物。

    普通に見れば、

    あまり魅力的ではない。

    でも、

    少し奥へ入ってみる。

    竹をかき分ける。

    すると、

    突然、景色が開けることがあります。

    小さな川が流れていたり、

    ただの斜面だと思っていたところに、

    大きな石が眠っていたりする。

    あった。

    と思う。

    僕は、

    こういうものが好きです。

    景色。

    水。

    岩。

    樹木。

    地形。

    古い建物。

    温泉。

    誰かがつくった価値ではない。

    ずっとそこにあったのに、

    まだ見つけられていない価値。

    宝探しと似ています。

    実際、

    雪山に埋もれた廃墟を調査していて、

    滑って転んだことがあります。

    痛すぎて、

    三分くらい動けなかった。

    骨折していました。

    (笑)

    そこまでやれ、

    という話ではありません。

    むしろ、

    やらない方がいい。

    (笑)

    でも、

    土地の価値は、

    道路から眺めただけでは分からないことがあります。

    不動産資料にも載っていない。

    売主も気づいていない。

    仲介会社も説明していない。

    そんなものが一つ見つかるだけで、

    土地の見え方が全部変わる。

    「この土地に何を建てよう。」

    ではなく、

    「これを生かすなら、何をつくろう。」

    に変わります。

    景色なら、

    そこへ視線を抜く。

    小川なら、

    建物との関係を考える。

    巨石なら、

    邪魔だから撤去する前に、

    庭や建築に使えないか考える。

    つまり、

    僕が探しているのは、

    土地そのものだけではありません。

    その土地に埋もれている、事業の種です。

    もちろん、

    毎回ダイヤが出てくるわけではない。

    さんざん歩いて、

    何もないこともあります。

    それならそれでいい。

    でも、

    磨かれて、

    値札まで付いたダイヤを買うより、

    泥と枯葉に埋もれて、

    誰にも気づかれていない石を拾う方が、

    僕は燃える。

    洗ってみる。

    削ってみる。

    光に当ててみる。

    そして、

    「これ、ダイヤだったんじゃない?」

    となる。

    たぶん僕は、

    土地を探しているというより、

    そんな原石を探している。

  • 「何番さん」と呼ばれると、ちょっと切ない。

    管理することと、その人を番号として見ることは違う。

    飲食店では、

    「3番さん、お料理出ました?」
    「5番さん、お会計です。」

    という言葉が普通に飛び交います。

    分かる。

    僕も飲食店をやっているから、
    ものすごくよく分かる。

    席番号で共有するのが一番早い。

    うちの店でも普通に使っています。

    でも、

    お客様として「何番さん」と呼ばれると、
    僕はちょっと切ない。

    番号で管理することと、
    その人を番号として見ることは違うと思うからです。

    3番さんにも、名前がある。

    大切な人との食事かもしれない。

    久しぶりの外食かもしれない。

    一人で静かに食事をしたくて、
    来てくれたのかもしれない。

    僕たちにとっては、
    今日何組目かのお客様でも、

    その人にとって、今日の食事は一回しかない。

    だから、

    少しずつ番号が外れていく店にしたい。

    一度来てくれた。

    また来てくれた。

    顔を覚える。

    そのうち名前を覚える。

    好きなものが分かる。

    苦手なものが分かる。

    そうなったら、

    もう「いつもの何番さん」ではない。

    その人になる。

    もちろん、
    全員の名前を覚えろなんて無茶は言いません。

    僕だって無理です。

    でも、

    番号しか見ていない人と、
    番号の向こうに人がいると思っている人では、

    サービスは少し変わる。

    料理を説明した方がいい人。

    そっとしておいた方がいい人。

    話しかけると喜ぶ人。

    急いでいる人。

    そういうものは、
    マニュアルだけでは拾えません。

    だから僕は、

    「いらっしゃいませ」だけより、

    「こんにちは」
    「こんばんは」

    が好きです。

    人と人が会ったのだから、
    まず挨拶をする。

    帰る時だって、

    「お気をつけて」
    「また」
    「おやすみなさい」

    その人と、その時に合った言葉があればいい。

    番号は、席につける。
    人には、つけない。

  • それって、王道のど真ん中を歩いてる?

    売上が欲しい時ほど、自分たちのど真ん中へ戻る。

    先日のミーティングで、
    こんな話が出ました。

    「夜の業界の方たちの同伴利用を、もっと取り込みたい。」

    なるほど。

    確かに、一つの客層ではあります。

    でも僕が最初に返したのは、

    「それって王道?
    ど真ん中を歩いてる?」

    でした。

    僕はゲリラ戦を否定しません。

    必要なら普通にやる。

    局地戦もやるし、
    特定のお客様へ向けた商品だってつくる。

    でも、それは、

    自分たちの王道が分かっていることが前提です。

    うちの店って、
    もっと王道じゃない?

    ちゃんと美味しいものを出す。

    気持ちよく食事をしてもらう。

    家族でも来る。

    友人とも来る。

    仕事でも使う。

    祝い事でも使う。

    そして何年経っても、
    ふと食べたくなる。

    僕は、
    そこが一番強いと思っています。

    もちろん、
    夜の業界の方たちが、

    「この店が好きだから」

    と選んでくれるなら大歓迎です。

    でも、その市場を取りにいくために、

    店の見せ方を変える。

    商品を寄せる。

    発信まで寄せる。

    そこまでいったら、
    一度考えたい。

    それ、本当に僕らの進む道だっけ?

    商売をしていれば、
    売上が欲しい時はあります。

    そんな時ほど、
    目の前に見えた市場へ飛びつきたくなる。

    でも、

    全部を取りにいかなくていい。

    王道を歩く。

    その途中で、
    必要ならゲリラ戦もやる。

    百年続く店は、
    百年間同じことをする店ではありません。

    変えるところは変える。

    攻める時は攻める。

    でも、

    ど真ん中にあるものだけは、見失わない。

    新しいことを考える時ほど、

    「それって、王道?」

    僕は結構、
    大事な問いだと思っています。