その一食で、将来の自分の値段を上げる。
飲食の仕事をしているなら、
良い店へ行ってほしい。
そして、
お客様として食事をしてほしい。
少し高い店なら、
授業料だと思えばいい。
店に入る。
迎えられる。
席へ案内される。
注文する。
料理を待つ。
食べる。
酒を飲む。
会計をする。
見送られる。
その全部を、
お客様として体験する。
料理がうまかった。
サービスが良かった。
それだけで終わったら、
ちょっともったいない。
なぜ、良かったのか。
料理なのか。
温度なのか。
器なのか。
出てくるタイミングなのか。
サービスなら、
距離感なのか。
話し方なのか。
声をかけるタイミングなのか。
逆に、
居心地が悪かったなら、
それも授業になります。
なぜそう感じたのか。
少しだけ考えてみる。
別に、
評論家になる必要はありません。
粗探しもしなくていい。
普通に楽しめばいい。
酒だって飲めばいい。
僕も飲みます。
ただし、
勉強するつもりで行った日に、酒に呑まれて帰ってきたら授業にならない。
(笑)
そして一つでも、
「これ、いいな。」
と思ったものがあれば、
自分の中に持って帰る。
同じ三年間、
飲食店で働いた二人がいたとします。
一人は、
自分の店しか知らない。
もう一人は、
休みの日にもいろいろな店へ行き、
自分のお金を払い、
良い料理を食べ、
良いサービスを受け、
考えてきた。
三年後、
二人が同じ市場価値だとは、
僕は思いません。
会社から与えられる仕事だけが、
自分を育てるわけではない。
自分の市場価値を上げる責任は、最後は自分にある。
料理を知っている。
酒を知っている。
サービスを知っている。
良い店を知っている。
そして、
お客様が何に喜び、
何を嫌がるのかを、
自分自身の体験として知っている。
これは資格にはなりません。
履歴書にも全部は書けない。
でも、
一緒に仕事をすれば、
ちゃんと差が出ます。
だから僕は、
良い店で食べるために使ったお金を、
単なる浪費だとは思いません。
良い店へ行く。
自分のお金を払う。
お客様として座る。
食べる。
飲む。
感じる。
考える。
そして、
一つ持って帰る。
外食は、授業料。
その授業料で買っているのは、
一回の食事だけではありません。
少しずつ、将来の自分の値段を上げている。
僕は、
そう考えています。
