カテゴリー: 未分類

  • トップを、捕まえろ。

    強い組織は、No.2以下がつくる。

    組織って、結局トップの言うことを一番よく聞きます。

    No.2、No.3が同じことを言っても、なかなか届かない。

    「やっぱり社長から言ってもらわないと。」

    そう言いたくなる気持ちも分かります。

    でも、

    そこで諦めたら、No.2の存在意義って何なんだろう。

    だったらトップをパクればいい。

    考え方。
    言葉。
    判断基準。
    気迫。

    良くて強いものなら、全部パクればいい。

    よくよく考えると、トップの考えって、そこそこ合っています。

    だって、

    めっちゃ広く、長く、深く考えているから。

    僕自身、経営参謀をやっていて、いまだにハッとすることがあります。

    経営者と意見交換をしていて、

    あ、浅かった。

    この社長の深度まで掘れてなかった。

    そこから見るのか。

    その角度からは見れてなかった。

    なんなら、

    ずいぶん安易で、簡単で、コンビニエンスな意見を言ってもうたな。

    と反省することもあります。

    トップだから正しいんじゃない。

    そのことを誰より長く、広く、深く考えてきたヒトの意見は、やっぱり強いんです。

    だからNo.2以下は、自分からトップを捕まえればいい。

    呼ばれるのを待たない。
    召集されるのを待たない。

    聞いて、ぶつけて、議論する。

    「あ、僕の方が浅かった。」

    なら、素直にパクればいい。

    逆に、

    「いや、ここはトップの方が浅い。」

    と思ったら、もっと議論すればいい。

    それこそNo.2以下がいる意味です。

    そうやって経営層が常に同期して、強い意志を固める。

    そして組織へ落としていく。

    「あの人が言ってました。」

    じゃ弱い。

    あたかもトップが目の前にいるかのような気迫で、自分の言葉として語る。

    それでも届かない?

    もう一回。

    まだ届かない?

    もう一回。

    トップ一人が強い会社は、まだ強い組織じゃない。

    トップがいないところでも、同じ深度、同じ意志で組織が動く。

    強い組織とは、No.2以下の力量で決まる。

    諦めたら終わり。

    ジ・エンド。

  • 考え方が変わっても結果は出ない。

    行動こそが、結果となる。

    「勉強になりました。」

    「考え方が変わりました。」

    「気づきがありました。」

    もちろん、いいことです。

    でも、

    それだけでは何も変わっていない。

    会議でも、研修でも、本でも、人との会話でも。

    大事なのは、

    そのあと何を変えたか。

    誰に連絡した?
    何をやめた?
    何を始めた?
    どこへ行った?
    いつまでにやった?

    そこまで行って、初めて結果につながる。

    僕はよく、

    「行動こそが結果となる。」

    と思っています。

    考え方が変わることは、スタートでしかない。

    理解した。
    納得した。
    共感した。

    それで満足していたら、

    昨日の自分と、ほぼ同じです。

    だから僕は、

    「分かりました。」

    と言われるより、

    「やりました。」

    の方が好きです。

    「なるほど。」

    より、

    「変えました。」

    の方が信用できる。

    ここまで言っても。

    ここまで書いても。

    「自分のことかも。」

    と気づかないヒトは、数知れずです。

    なので最後に、もう一回だけ言います。

    あなた。

    そこの、あなたですよ(笑)。

    行動こそが、結果となる。

    「勉強になりました。」

    「考え方が変わりました。」

    「気づきがありました。」

    もちろん、いいことです。

    でも、

    それだけでは何も変わっていない。

    会議でも、研修でも、本でも、人との会話でも。

    大事なのは、

    そのあと何を変えたか。

    誰に連絡した?
    何をやめた?
    何を始めた?
    どこへ行った?
    いつまでにやった?

    そこまで行って、初めて結果につながる。

    僕はよく、

    「行動こそが結果となる。」

    と思っています。

    考え方が変わることは、スタートでしかない。

    理解した。
    納得した。
    共感した。

    それで満足していたら、

    昨日の自分と、ほぼ同じです。

    だから僕は、

    「分かりました。」

    と言われるより、

    「やりました。」

    の方が好きです。

    「なるほど。」

    より、

    「変えました。」

    の方が信用できる。

    ここまで言っても。

    ここまで書いても。

    「自分のことかも。」

    と気づかないヒトは、数知れずです。

    なので最後に、もう一回だけ言います。

    あなた。

    そこの、あなたですよ(笑)。

  • 書記はいらない。落とし役がいる。

    議事録を残すより、仕事を残せ。

    会議には、書記がいる。

    ……と言いたいところですが、

    実際には、いない組織ばかりです(笑)。

    でも、いいんです。別に。

    いまや録音も文字起こしも要約も、AIがかなりやってくれます。

    議事録をつくることに、そんなに全力を尽くさなくていい。

    それより、落とすことに全力を尽くそう。

    何が決まった?
    誰がやる?
    いつまで?
    次は誰に渡す?

    そして一番大事なのが、

    で、本当に終わった?

    会議で「やります」と言った瞬間は、仕事の始まりでしかありません。

    期限が来たら確認する。
    止まっていたら動かす。
    次のヒトに渡るところまで見る。

    僕はこの役割を、

    「落とし役」

    と呼びたい。

    書記が「何を話したか」を残すヒトなら、

    落とし役は、

    「話したことを仕事に変えるヒト」。

    議事録が完璧でも、何も動かなければ意味がない。

    逆に議事録なんて多少雑でも、

    翌日から仕事が動いているなら、

    僕はそっちの会議の方が百倍好きです。

    会議って、いい話をするためにあるんじゃない。

    仕事を前に進めるためにある。

    だから、

    書記がいなくても、別にいい。

    議事録が多少雑でも、別にいい。

    それより、落とすことに全力を尽くそう。

  • 論破せずに、終わらせる。

    勝たずに終わらせること。

    揉め事が起きたとき、

    契約書を出して、
    条文を示して、
    理詰めで詰める。

    こっちが正しければ、たぶん勝てます。

    でも、それで仕事が終わるとは限らない。

    なぜなら相手はもう、

    理屈ではなく、感情に固執していることがあるから。

    そんな相手に正論を重ねても、

    逃げ道がなくなるだけ。

    逃げ道を塞がれたヒトは、
    正しい方へ進むとは限りません。

    むしろ、

    間違っていると分かっていても、引けなくなる。

    だから僕は、

    勝てる材料を全部持っていても、使わないことがあります。

    契約書も出さない。
    書面も出さない。
    論破もしない。

    その代わり、

    落とし所という「出口」をつくる。

    ここなら双方が納得できる。

    ここからなら相手も引き返せる。

    そして何より、

    相手の面子を潰さずに済む。

    出口を用意したら、

    そこへ少しずつ誘導していく。

    「あなたが間違っていましたね。」

    なんて確認する必要もない。

    目的は、

    どちらが正しかったかを確定することではなく、問題を終わらせることだから。

    論破できるのに、論破しない。

    契約書を盾にできるのに、盾にしない。

    たぶん交渉で難しいのは、

    相手を追い詰めることじゃない。

    相手が自分で歩いて出られる出口を、こちらが先につくっておくこと。

    勝ち負けなんて、どうでもいい。

    **ちゃんと終われば、いい。

  • サラリーマンこそ、ブランディング。

    会社の看板だけで、仕事してない?

    058「ヒトに惚れて、悪いか。」の続編です。

    前回とは、ちょっと違う話。

    会社の役職者である前に、「個」だったんです。

    会社名より先に、そのヒトが見えるんです。
    これ、結構すごいことだと思う。

    会社員には、

    会社名がある。役職がある。名刺がある。

    だから極端な話、それだけである程度は信用してもらえる。

    でも、その看板を自分の実力と勘違いすると怖い。

    名刺から会社名を消したとき、

    あなたには、何が残るんだろう。

    僕の周りの仕事ができるヒトを思い浮かべると、皆さん程よく「型」を持っています。

    服装。
    体型。
    姿勢。
    挨拶。
    喋り方。

    言葉にも、そのヒトらしさがある。

    語彙が豊富だからと難しい言葉を並べるわけでもない。

    相手を見て、場所を見て、言葉を選ぶ。

    TPOまで含めて、自分の見せ方を知っている。

    たぶん、偶然そうなったわけじゃない。

    意識して。意識して。意識して。意識して。
    試して。試して。試して。
    直して。直して。
    続けて。延々と続けて。

    そして、それがいつしか板について、

    「あのヒトって、こういうヒトだよね。」

    になる。

    これって、会社が商品にやっていることと、ほとんど同じじゃない?

    自分も毎日、世の中に陳列されてますよ(笑)。

    是非とも サラリーマンこそ、ブランディング。

    会社のブランドを借りながら、

    自分のブランドも育てておく。

    転職するためじゃない。

    独立するためでもない。

    今いる会社の名刺に、

    自分の名前まで信用として載せるためです。

  • ヒトに惚れて、悪いか。

    ヒト以外の何に惚れるちゅうねん。

    今日、久しぶりにシビれる方に会いました。

    センスがあるヒト。

    話しながら思ったのは、

    この方は、自分自身をちゃんとブランディングしているな。

    ということ。

    ブランディングって、会社や商品のものだけじゃないことを世の中の皆さんに知っていただきたい。

    個人でも、サラリーマンでもブランディングは成立するのだ。

    僕の周りの兵、強者、ツワモノ(全部つわものと読む)たちは、大体そう。

    黒い服しか着ない。
    体型を維持するなど、多種多様ではあるが。

    で、見た目だけじゃない。

    喋り方。
    挨拶の仕方。
    姿勢。
    言葉のボキャブラリー。
    TPOに合わせた言葉選び。

    それぞれに程よく「型」があって、芯がある。

    しかも粋なのである。

    きっと意識し続けて、板につけてきたんだと思う。

    努力している。

    なのに、

    その努力を感じさせない爽やかさまである。

    まじでリスペクト。

    で、そんなヒトに会うと僕は思う。

    惚れたぜ。ヒトに惚れて、悪いか。

    属人化するな。
    仕組みで仕事をしろ。

    僕も言います。

    でも逆に訊くけど、

    ヒト以外の何に惚れるちゅうねん。

    商品に惚れる?

    それは買ったり、使ったり、消費したりするものでしょ。

    会社に惚れる。
    ブランドに惚れる。
    仕事に惚れる。

    そう言うけれど、

    その真ん中をずっと辿っていけば、

    最後にいるのは、やっぱりヒトなんじゃないか。

    ヒトは、ヒトにしか惚れんのだ。

    そして、

    惚れた相手のそばにいたいと思うのは、本能なのだ。

    理屈ちゃうねん。

    一緒に仕事したいヒトを見つけちゃったら、

    僕はたぶん、

    お隣に引っ越したろうと思う。
    だってそばにいたいんだもん。笑。

  • 8割は、使わない。

    使わなかった情報まで、思考の複利になる。

    2026 秋||仕事術

    僕はよく、

    「これ、訊いといて。」
    「これ、ちょっと調べといて。」

    とお願いします。

    言われた方からすると、

    「それ、今回の案件に関係ある?」
    「何に使うんだろう?」

    と思うらしい。

    だから、ちゃんと調べてくれてなかったりする(笑)。

    まあ、

    何のために知りたいのかを説明していない僕も悪い。

    悪いんだけど、

    いい加減、察しろ。

    とも思う(笑)。

    ちなみに白状すると、

    僕がそうやって仕入れた情報の、

    たぶん8割は使いません。

    引き出しに入ったまま、一生開かないものもある。

    それでも、僕は調べます。

    なぜなら大量に引き出しを持っていると、全然違う案件で突然、

    「あ、あれ使える。」

    という瞬間が来るからです。

    昔聞いた話と、今日の数字がつながる。

    建築と不動産がつながる。
    不動産と宿がつながる。
    飲食と宿がつながる。
    金融と事業がつながる。

    失敗まで蓄積されてくると、

    「この匂い、前にも嗅いだぞ。」

    まで起きる(笑)。

    僕はこれを、

    思考の複利

    だと思っています。

    知識は、一個知ったら一個増えるだけじゃない。

    引き出しが増えるほど、新しく知った一個が、過去のいくつもの情報とつながる。

    すると、

    新しい一個から、考えられることの数まで増えていく。

    だから僕が怖いのは、知らないことではありません。

    知る気もないことです。

    「今回使わないから。」
    「自分の担当じゃないから。」
    「専門外だから。」

    一回なら、大した差にはならない。

    でも、それを5年、10年続けたら。

    知ろうとしてきたヒトとの差は、知識量だけではなくなる。

    質問が違う。
    仮説が違う。
    違和感に気づく速さが違う。
    判断の選択肢が違う。

    そして、その差はさらに開いていく。

    知っているヒトほど、新しく知った一個から、さらに多くを知れるから。

    複利は、お金だけの話じゃない。

    思考にも、複利は効く。

    僕の頭の中にも、一生開かない引き出しが山ほどあると思います。

    でも、たまに来るんです。

    「あ、これのために調べてたのか。」

    という瞬間が。

    もちろん、

    調べた時にはそんなこと、まったく知りません(笑)。

  • 裏の暖簾分け、始めます。

    裏なのでこっそりメッセージください

    さっき、
    ミステリアスインディアの失敗談を書いていたら、
    また、
    思いついてしまった。
    (笑)
    これ、暖簾分けすればいいじゃん。
    本店は、
    もうない。
    それでも、
    暖簾は分けられる。
    名付けて、
    「裏の暖簾分け」。
    まさに、
    ミステリアスである。

    ミステリアスインディア 香辛芸術。
    南インド料理にインスパイアされた、
    小さなカレー屋。
    僕らは一度、
    この商売を外した。

    でも、
    カレーが駄目だったとは、
    今でも全然思っていない。
    旨かった。
    今でも食べたい。

    そして、
    #050を書きながら、
    改めて思った。
    これ、
    誰かにやってもらえないだろうか。

    ただし、
    一つ条件がある。
    ある程度の違いの分かるオトナが行き交う街中で。
    (笑)
    1500円の価値あるカレーが適正価格と思えるオトナの多い街がハマるかなと。

    やるなら、
    人が歩いている街。
    駅の近くでもいい。
    繁華街でもいい。
    オフィス街でもいい。

    7席。
    10席。
    それくらいの、
    小さなカウンターだけでもいい。

    大きな店はいらない。
    小さくて、
    ちょっと怪しくて、
    でも、
    めちゃくちゃ旨い。

    そんな店がいい。

    レシピはある。
    つくり方もある。
    店づくりもある。
    僕らが失敗した経験まである。

    全部、伝授します。

    ただ、
    今回は、
    片手間ではやらない。

    この小さな店に、
    ちゃんと腰を据えて、
    自分の商売として育ててくれる人。

    そんな人に、
    やってほしい。

    寿ゞきんや鈴喜とは、
    少し違う。

    堂々と募集する、
    表の暖簾分けではなく、
    ひっそり募集する、
    裏の暖簾分け。

    本店は存在しない。
    暖簾だけが、
    宙に浮いている。
    (笑)

    でも、
    僕らがやったことは、
    全部残っている。

    だから、
    誰か、
    僕らの代わりに、
    リベンジを果たしてほしい。

    そして、
    もし、
    一軒目が当たって、
    二軒目。
    三軒目。
    十軒目。

    気づいたら、
    一大チェーンになっていたりして。
    (笑)

    そうなったら、
    僕はたぶん、
    かなり悔しい。

    でも、
    めちゃくちゃ嬉しい。

    一度なくなった本店から、
    分店だけが増えていく。

    そんな暖簾分けがあったって、
    いいじゃないか。

    ミステリアスインディア 香辛芸術。
    本店、なし。
    現在、分店もなし。

    でも、
    暖簾はあります。
    誰か、やりませんか?
    僕らの失敗ごと、
    全部渡します。

  • 失敗した。でも、いまだにイケると思っている。

    最近で、
    なかなか見事に外したのが、
    「ミステリアスインディア 香辛芸術」
    という、
    たった7席ほどの小さなカレー屋だ。

    南インド料理に、
    かなりインスパイアされたカレーの店。
    もともと寿司屋だった、
    小さな区画が空いた。

    次は鰻屋をやりたい。
    でも、
    肝心の鰻職人が見つからない。
    店を空けたままにしておくのも、
    もったいない。

    じゃあ、
    カレー屋やってみよう。
    そんなところから始まった。

    店は、
    結構格好良くできたと思う。
    コンセプトも、
    今でも悪くないと思っている。
    そして何より、
    カレーが旨かった。

    これは、
    負け惜しみではない。
    (笑)
    今でも、
    普通に食べたい。

    でも、
    商売としては、
    駄目だった。

    何が駄目だったのか。
    立地。
    認知。
    客数。
    運営。
    いろいろあったと思う。

    一つに決めつける気はない。
    ただ、
    全部がうまくハマらなかった。
    商売には、
    そういうことがある。

    そして、
    もう一つ。
    運営していたのが、
    松阪苑の店長だった。

    本人は、
    かなり一生懸命カレーを研究していた。
    でも、
    松阪苑の店長という仕事は、
    片手間でできる仕事ではない。

    カレー屋だって、
    同じだ。

    どちらも、
    ちゃんとやろうと思ったら、
    片手間ではできない。

    この体制は、
    やっぱり良くなかったと思っている。

    だから、
    撤退した。

    ところが、
    面白いことに、
    僕は今でも、
    この業態そのものには、かなり自信がある。
    (笑)

    もっと歩行者の多い街。
    首都圏でもいい。
    駅の近くでもいい。

    小さな物件に、
    カウンターだけ。
    7席でも、
    10席でもいい。

    そこで、
    腰を据えて、
    一人の店主が、
    ちゃんと商う。

    これなら、
    結構いけるんじゃないかと、
    いまだに思っている。

    失敗した本人が、
    まだ言っている。
    (笑)

    でも、
    商売の失敗って、
    必ずしも、
    商品が駄目だったということではない。

    商品。
    場所。
    人。
    価格。
    タイミング。
    運営。

    全部が噛み合って、初めて商売になる。
    一つ外れただけでも、
    想像以上に難しくなる。

    ミステリアスインディアは、
    僕にとって、
    それを随分教えてくれた店だった。

    そして、
    ここからが、
    ちょっと変な話なのだけれど。

    誰か、やりませんか?
    (笑)

    本店は、
    もうありません。
    でも、
    レシピも、
    店づくりの考え方も、
    僕らが試したことも、
    失敗したことも残っている。

    失敗した理由まで含めて、
    全部渡せる。

    だから、
    もし、
    「この小さなカレー屋、
    自分ならやれる。」
    という人がいたら、
    僕は結構本気で、
    話をしてみたい。

    本店なき、分店。
    そんな暖簾分けがあっても、
    面白いじゃないか。

    一度外した商売を、
    別の誰かが、
    別の街で当てる。

    それができたら、
    僕としては、
    失敗した甲斐まである。

    ミステリアスインディア 香辛芸術。
    撤退済み。
    でも、
    僕の中では、
    まだ廃業していない。

    いまだに、イケると思っている。
    失敗したくせに。
    (笑)

  • うなぎの鈴喜は鰻を「焼き切る」

    鰻の焼き方には、いろいろな流儀がある。

    関東では、一度蒸してから焼く。
    関西では、蒸さずに地焼きする。

    そして鈴喜が大切にしているのが、

    「焼き切り」という型だ。

    蒸さない。
    鰻そのものの脂を使いながら、あっという間に焼き切る。

    余分な脂を落とし、皮目は香ばしく。
    でも、ふわとろ。

    焼き切る。でも、ふわとろ。

    実はこの焼き切り、最初から型があったわけではない。

    焼師のナカジと僕で、延々とやった結晶。

    「皮め甘いって。箸で割けない」
    「いや、これ焼きすぎ」
    「だめ。弾力1ミリ残ってる」
    「ふわとろってない」

    毎週毎週
    食べては文句
    食べては文句。

    試行錯誤の繰り返しの果てに編み出された
    地焼きの型なんです。

    流派です。
    その名も 焼き切り

    そんなんだから、
    なんだかんだ焼きの型が定まらず、

    うなぎの鈴喜は
    予定より一年近く開業できませんでした(笑)

    鰻屋なのに、鰻が焼けなくて開けられない。

    いや、焼けるんです。

    でも、僕が食べたい鰻にならなかった。

    そしてようやく辿り着いたのが、
    今の「焼き切り」

    とはいえ、完成したとも思っていない。

    いまだ発展途上です。
    じゅうぶん美味いけど(笑)。

    産地も、大きさも、もちろん大事。

    暖簾分けで渡したいのも、店名やタレだけではない。

    どこまで焼けば、鈴喜の鰻になるのか。

    その基準を身体で覚えてもらいたい。

    分店ごとに店の形は違っていい。
    メニューにも、その土地らしさがあっていい。

    でも、鰻を焼けば、ちゃんと鈴喜。

    焼き切る。
    で、ふわとろ。

    言葉にすれば、たったそれだけ。

    その「たったそれだけ」に、僕らは今も試行錯誤している。

    その技術ごと、暖簾を分ける。