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  • ここにも、あったらいいのに

    寿ゞきんと鈴喜を広げたいと思った理由は、壮大な事業計画があったからではない。

    もっと単純な話だ。

    僕自身が、日本中を動き回っていると、自分の店の味が恋しくなるからだった。

    寿ゞきんと、うなぎの鈴喜。

    この二つの店をもっと広げたいと思った、そもそもの起源はものすごく単純だ。

    マーケットに、あまり無いからだ。

    美味いだけの店なら、少なからずある。

    でも、

    美味くて、
    親切で、
    人の心がかよっていて、
    心地よい素敵な空間があって、
    それでいて価格も良心的。

    僕が「こういう店で食べたい」と思う店は、意外なくらい少ない。

    僕は仕事柄、日本全国いろいろなところを駆け回っている。

    だから、自分の店に帰れるのはたまにしかない。

    そうすると、ときどき無性に寿ゞきんの肉が食べたくなる。

    鈴喜の鰻が食べたくなる。

    そんな時に思う。

    ここにも、あったらいいのになあ。

    全国制覇したいわけではない。

    店舗数を競いたいわけでもない。

    自分が食べたい時に、食べたい店がない。

    だったら、あったらいい。

    本当に、それくらい単純な話から始まっている。

    ただ、僕は自分たちのビジネスについては、基本的に超がつくほどポジティブにしか考えない。

    「あそこにもあったらいい」

    「ここにもつくろう」

    と言ってはみるが、社内のみんなから猛反対される。

    考えてみれば当然だ。

    店のみんなは、毎日その店にいる。

    僕みたいに遠く離れた場所で、

    「ああ、寿ゞきん食べたいなあ」

    と恋しくなることは、たぶんない。

    それより先に、

    「店が増えたら大変ですよ」

    となる。

    そりゃそうだ。

    そして最後には、いつも同じところに行き着く。

    「人がいません。」

    ごもっともである。

    だから僕も、何度も諦めてきた。

    でも、ある時ふと思った。

    本当に「人がいない」で終わりなんだろうか。

    店を増やすなら、自分たちで人を採用して、自分たちで育てて、自分たちで全部運営する。

    僕自身が、そう思い込んでいただけじゃないのか。

    この「人がいない」という問題を、別の角度から考え直したところから、

    暖簾分けという、新しい扉が開き始めた。

  • 「また来たい」の理由は、たぶん一つじゃない。

    圧倒的な一つと、僅差の積み重ね。

    飲食店をやっていて、

    一番難しいことの一つが、

    もう一度来てもらうこと。

    だと思っています。

    美味しかった。

    楽しかった。

    また来ます。

    そこまではいける。

    でも、

    本当にまた来てもらえるかは別の話です。

    再来店の理由って、

    何なんだろう。

    圧倒的な差が、

    明確な動機になることはあります。

    あれが食べたい。

    他では食べられない。

    圧倒的にうまい。

    あの人に会いたい。

    あの景色をもう一度見たい。

    そこまで強ければ、

    多少遠くても、高くても、

    人はまた来てくれる。

    でも、

    全部の店がそんな一撃を持てるわけではありません。

    むしろ、

    僅差の積み重ねが、再来店の理由になることも多い。

    料理がちゃんとうまい。

    店がきれい。

    感じがいい。

    値段にも納得する。

    予約しやすい。

    帰る時も気持ちいい。

    一つ一つは、

    大した差ではないかもしれない。

    でも、

    その小さな差が重なると、

    次に食事へ行こうと思った時、

    「あそこにしようか。」

    となる。

    本人だって、

    理由をうまく説明できないかもしれない。

    「なんとなく好き。」

    でも、

    その「なんとなく」の中には、

    店が積み重ねた僅差がたくさん入っています。

    逆も同じです。

    料理は美味しい。

    でも、

    ちょっと感じが悪かった。

    少し汚れていた。

    帰る時、誰もこちらを見なかった。

    一個なら小さい。

    でも積み重なると、

    「悪くなかったけど、別の店でもいいか。」

    になる。

    これが怖い。

    クレームなら、

    理由を教えてくれます。

    一番分からないのは、

    何も言わず普通に帰って、

    二度と来ないお客様。

    だから、

    圧倒的な一つを磨く。

    同時に、

    小さなマイナスを減らして、

    小さなプラスを積み重ねる。

    結局、

    両方やるしかない。

    「また来たい。」

    その理由を、

    店側が一つに決めることはできません。

    でも、

    次にこの店を選ぶ理由を、一つでも多く残すことはできる。

    飲食って、

    ムヅカシイよ。

    マジで。

  • 「それ、私の仕事じゃない」が一番もったいない。

    会社には、

    それぞれの仕事があります。

    料理人。

    サービス。

    店長。

    経理。

    デザイナー。

    もちろん、

    まず自分の仕事をちゃんとやる。

    そして深く掘る。

    それだけでも、

    十分に価値のあることです。

    でも僕は、

    「それ、私の仕事じゃないんで。」
    と最初から線を引くのは、

    少しもったいないと思っています。

    僕自身、

    いろんなところへ首を突っ込みます。

    料理。

    建築。

    不動産。

    宿。

    デザイン。

    数字。

    WEB。

    金融。

    全部の専門家ではありません。

    分からないことなんて山ほどある。

    でも、

    分からないから、関係ないとは思わない。
    気になれば調べる。

    人に訊く。

    現地へ行く。

    考える。

    そうしているうちに、

    少しずつ見える景色が広がってきました。

    仕事も同じです。

    料理を追求しながら、

    数字にも強い人がいる。

    サービスを磨きながら、

    企画に力を発揮する人もいる。

    一人の人間の能力は、一つの職種名だけでは括れない。
    キャリアは、

    上へ登る階段だけじゃない。

    深く掘ることもできる。
    横へ広がることもできる。

    大切なのは、

    肩書に自分を合わせることではなく、

    自分の能力を、自分で決めつけないこと。
    会社側も同じです。

    「この人は料理人だから。」

    で終わらせない。

    この人には、

    まだ何があるんだろう。

    何を任せたら、

    もっと力を発揮するんだろう。

    既存の仕事に収まらないほど、

    その力が育ったなら、

    その人の能力から、新しい仕事をつくったっていい。
    自分の仕事を大切にする。

    深く掘る。

    そのうえで、

    自分の可能性まで、

    今の肩書で決めてしまわない。

    「それ、私の仕事じゃない。」
    より、

    「それ、私にもできるかな。」
    僕は、

    その一言の方が好きです。

    シンスズキ