#044

定例をなくすと、組織は少しずつ壊れる。

2026秋 | THOUGHT

僕は、定例ミーティングを、思いのほか重要視している。

毎週でも、
隔週でも、
月一でもいい。
決まった人間が、
決まった時間に集まって、
顔を合わせて話す。
ものすごく地味だけれど、
これをやらなくなると、
組織って、
少しずつおかしくなると思っている。

中小零細企業を見ていると、
そもそも定例という文化がない会社も、
結構ある。

何かあったら話す。
必要になったら集まる。
問題が起きたら会議する。

一見、
効率が良さそうにも見える。
でも僕は、
結構危険だと思っている。

なぜなら、
問題になる前の小さな違和感が、共有されないからだ。

最近どう?
あれどうなった?
何か困ってる?
あの話、
その後どう?

定例があれば、
こんな話が自然に出る。

大問題ではない。
わざわざ電話するほどでもない。
メールを書くほどでもない。
でも、
ちょっと気になっている。

組織って、
案外こういうものが、
溜まっていく。

そして、
定例がないと、
それぞれが勝手に解釈し始める。

社長、
最近機嫌悪いよね。
あの人、
何考えてるんだろう。
この案件、
どうするつもりなんだろう。
自分は聞いてない。

でも、
顔を合わせて話してみたら、
「ああ、そういうことだったのね。」
で終わることも多い。

人間なんて、
そんなものだと思う。

だから僕は、
定例を、
単なる進捗確認の時間だとは思っていない。

組織のズレを、定期的に元へ戻す時間。
こっちの意味の方が、
大きいと思っている。

もちろん、
現場は嫌がる。
(笑)

「また会議ですか。」
「その時間あったら仕事できます。」
「特に報告ありません。」

分かる。
僕だって、
意味のない会議は嫌いだ。

でも、
定例は少し違う。

報告することがあるから、
集まるのではない。
何もなくても、集まる。
ここが大事だと思う。

人間だから、
放っておけば、
少しずつズレる。

優先順位もズレる。
認識もズレる。
温度もズレる。
人間関係も、
少しずつズレる。

だから、
一週間に一回。
あるいは、
一か月に一回。
一度、
同じ場所へ戻る。

顔を見る。
声を聞く。
話す。
確認する。
また仕事へ戻る。

僕は、
これだけでも、
相当なマネジメントだと思っている。

もちろん、
リモートでもいい。
必ず同じ部屋にいる必要はない。

大事なのは、
決まった周期で、対話が必ず発生すること。

「必要になったら話しましょう。」
ではなく、
必要があってもなくても、
次に話す日が決まっている。

これだけで、
相談する側も随分違う。

「これ、
次の定例で話そう。」
と置いておける。

経営者側だって、
スタッフの顔を定期的に見る。

元気そうだな。
なんか疲れてるな。
いつもより喋らないな。
今日は妙に喋るな。
(笑)

資料には出ない情報も、
結構ある。

僕は、
定例のない組織を見ると、
少し怖くなる。

普段うまくいっている時は、
何も起きない。
だから、
なくても平気に見える。

でも、
何かがズレ始めた時、
それを修正する場所がない。

そして、
ズレが大きくなってから、
初めて会議をする。

それでは、
遅いことがある。

定例は、問題を解決するためだけの場所ではない。
問題になる前に、組織を整える場所でもある。

面倒くさい。
話すことがない。
忙しい。
今日は飛ばそう。

分かる。

でも、
そうやって一回飛ばす。
また飛ばす。
気づけば、
誰もちゃんと話さなくなる。

僕は、
そっちの方が、
よほど面倒くさいと思う。

会社なんて、
結局、
人間の集まりだ。
放っておけば、
だれる。
ズレる。
誤解もする。
機嫌だって悪くなる。

だから、
定期的に集まって、
話す。

ものすごく原始的だけれど、
この原始的なことを、仕組みにして続ける。
それが、
案外、
組織を壊さないための、
かなり大事な技術なんじゃないかと思っている。

シンスズキ|事業家・経営参謀
ワンスインアライフタイム株式会社のオーナーでもあり、飲食、宿泊、不動産、建築など、いくつかの事業に人生をかけて取り組んでいます。ときどき、他社の経営にも首を突っ込みます。