宿の相談を受けると、
「サウナをつくりたい」
という話が出ることがある。
僕はサウナが嫌いなわけではない。
オーナー自身が本当にサウナが好きで、
「自分ならこういうサウナに入りたい」
というものがあるなら、
むしろ徹底的にやればいいと思う。
僕が嫌なのは、
「今、流行っているから。」
という理由だけでサウナをつくることだ。
流行っているものを足せば、
事業が強くなる。
そんなに簡単な話ではない。
——
先日、
ある宿泊施設の企画について相談を受けた。
古い建物を活かして、
一棟貸しの宿にしたいという話だった。
その中で、
「サウナをつくりたい」
という要望があった。
僕はまず聞いた。
「サウナ、好きなんですか?」
これ、僕にとっては結構大事な質問だ。
本当に好きならいい。
毎週サウナへ行っている。
旅先でもサウナのある宿を選ぶ。
温度にもこだわりがある。
水風呂にもこだわる。
外気浴する場所まで自分なりの理想がある。
そこまで好きなら、
僕も話を聞きたい。
その人にしかつくれないサウナが、
できるかもしれないからだ。
でも話を聞いていくと、
「最近人気ですよね」
「宿にはあった方がいいかなと思って」
「集客できそうなので」
という理由だったりする。
そうなると僕は一度止めたくなる。
それ、本当に必要ですか。
その土地には何があるのか。
建物には何があるのか。
どんな人に来てもらいたいのか。
その人は、
なぜわざわざここまで来るのか。
そして、
いくら払ってくれるのか。
まずそこを考える。
サウナは、
その答えの一つになることはある。
でも、
最初から答えではない。
その案件には、
別のものがあった。
温泉だ。
だったら僕は、
新しくサウナを付けることより、
まず温泉の価値を最大にすることを考えたい。
ただ室内に浴槽を置くのではなく、
外へ出る。
空を見る。
風を感じる。
季節を感じる。
庭を見る。
その土地の空気の中で湯につかる。
露天風呂にした方が、
この宿は強くなるんじゃないか。
僕はそう考えた。
サウナか。
露天風呂か。
設備だけを比べているわけではない。
どちらの方が、
この場所でしかできない体験になるのか。
そこを比べている。
サウナは、どこにでもつくれる。
もちろん、
ものすごくいいサウナをつくるなら、
設計も設備も運営も奥が深い。
でも、
流行っているサウナを、
流行っているという理由だけで付けるなら、
競合も同じことができる。
一方で、
その土地にある温泉。
その土地の景色。
庭。
風。
古い建物。
そういうものは、
他の誰かが簡単にはコピーできない。
だから僕は、
流行を無視しているわけではない。
むしろ見る。
何が売れているのか。
人は何を求めているのか。
どんな宿が選ばれているのか。
プロなんだから、
市場を見ないわけない。
でも、流行を知ることと、流行に乗ることは違う。
流行っている。だからやる。
ではなく、
なぜ流行っているんだろう。
そこまで考えたい。
そして、
その結果やっぱりサウナなら、
つくればいい。
しかも、
やるなら中途半端にやらない方がいい。
本当にサウナが好きなオーナーなら、
僕はその偏愛を大切にしたい。
「普通はこうですよ」
なんて言って、
その人の変なこだわりを消したくない。
むしろ、
その変態的なくらいのこだわりが、
商品になることがある。
好きな人は細かい。
普通の人が気にしないところまで気にする。
その細かさが、
最後に圧倒的な差になることがある。
だから、
僕が否定したいのはサウナではない。
理由のないサウナだ。
これは飲食店でも同じだと思う。
流行っている料理だから入れる。
流行っている内装だから真似する。
流行っている業態だから出店する。
SNSで人気だから取り入れる。
それだけでは、
僕は怖い。
流行は変わる。
でも、
店は残る。
建物も残る。
借金も残る。
スタッフもいる。
運営も続く。
だから、
流行が終わったあとに、
何が残るのか。
そこまで考えてから投資したい。
あの宿については、
僕はサウナより露天風呂の方がいいと思った。
そして話をしていくと、
オーナーも、
「確かに、その方がいい」
となった。
サウナが嫌いだから勝った、
という話ではない。
その場所にとって、
より強い答えを一緒に見つけただけだ。
僕が事業開発でやりたいのは、
たぶん、こういうことなのだと思う。
流行っているものを持ってくることではない。
その場所を見て。
その人を見て。
そこにあるものを見て。
何を足すべきか。
何を足さないべきか。
何を磨くべきか。
考える。
新しいものを足すことだけが、
プロデュースではない。
やらないことを決めるのも、
プロデュースだ。
僕はそう思っている。
