#023

経営者は、意外とひとりだ。

2026秋 | THOUGHT

周りに人はいる。でも、経営の本当のところを話せる相手は少ない。

周りに人はいる。でも、経営の本当のところを話せる相手は少ない。

経営者には、

相談相手がたくさんいるように見えます。

税理士。

銀行。

弁護士。

コンサルタント。

社員。

取引先。

家族。

でも、

経営について本当のところを話せる相手は、意外と少ない。

税金なら税理士。

契約なら弁護士。

融資なら銀行。

それぞれ専門家がいます。

でも、

経営の問題はそんなに綺麗に分かれていません。

売上が悪い。

人も辞めそう。

返済もある。

新しいこともやりたい。

幹部との関係もうまくいっていない。

さて、

これは誰に相談するんだろう。

経営者を長くやってきて、

もう一つ感じることがあります。

少し乱暴な言い方をすれば、

大方の専門家にとって、

最後は余所の会社のことです。

極端に言えば、

99%は他人事。

これは悪口ではありません。

仕方がないことです。

僕の会社がどうなろうと、

最後まで僕と同じ痛みを背負うことはできない。

だから僕は、

専門家から正しい答えだけを聞きたいわけではありません。

自分ごとの言葉を訊きたい。

「一般的にはこうです」

ではなく、

「僕だったら、こうする。」

「シンさん、それでも僕ならやります。」

あるいは、

「僕なら、もうやめます。」

そこまで聞きたい。

もちろん、

完全に自分ごとになれるとは思っていません。

借金を代わりに背負うわけでもない。

最後の責任を取るのは経営者です。

でも、

どこまで自分ごととして考えようとするか。

そこには大きな差があります。

面談の一時間だけ考える人と、

翌朝、

「あれ、こうしたらどうだろう」

と連絡してくる人は違う。

僕が欲しいのは、

後者です。

そして、

僕も後者でありたい。

だから僕は、

経営参謀を先生だとは思っていません。

経営者の代わりに決める人でもない。

経営者の隣に座る人。

「それ、本当ですか?」

「僕なら違うと思います。」

「それは、やった方がいい。」

そう言いながら、

一緒に考える。

最後に決めるのは、

経営者やオーナーです。

僕は、

「日本から経営孤児をなくす」

という言葉を使っています。

友達がいないという意味ではありません。

周りにはたくさん人がいる。

相談できる専門家もいる。

社員もいる。

それでも、

経営の本当のところを話せる相手がいない。

僕が言う経営孤児とは、

そういう状態です。

僕自身も、

まだ経営の途中にいます。

普通に間違える。

失敗もする。

だから、

先生になるつもりはありません。

ただ、

店をつくり、

人を雇い、

借金をし、

投資をし、

失敗して、

立て直して、

また新しいことを始めてきた。

その時間は持っています。

経営者は、

意外とひとりです。

でも、

ひとりで経営しなければならないわけではない。

どうせ話すなら、

一般論ではなく、

「僕だったら」

と、自分ごとの言葉を返してくれる人と話したい。

僕も、
そんな相手でありたいと思っています。

シンスズキ|事業家・経営参謀
ワンスインアライフタイム株式会社のオーナーでもあり、飲食、宿泊、不動産、建築など、いくつかの事業に人生をかけて取り組んでいます。ときどき、他社の経営にも首を突っ込みます。