#012

強い事業をつくってから、きれいな店をつくる。

2026夏 | THOUGHT

建築を考える前に、商売を考える。
僕は、店や宿をつくる時、最初から図面を描き始めることはほとんどない。
その場所で、
誰に、
何を、
いくらで売るのか。
まず、強い事業をつくる。
建築は、そのあとでいい。
——
新しい店や宿の相談を受けると、
「こんな建物にしたい」
「こんなデザインが好き」
という話から始まることが多い。
もちろん、それは大切だ。
僕自身、建築もインテリアも大好きだ。
というか、好きの度合いが少し普通ではないらしく、周りから「変態」と呼ばれることもしばしばある。
建築を見に行くためだけに出掛けることもある。
素材や納まり、照明、家具、窓から何が見えるか。
そんなことを延々と見ていられる。
そして僕は、
「美しい」
という言葉を割と普通に、真顔で使う。
美しい建築。
美しい空間。
美しい佇まい。
そういうものが本当に好きなのだ。
だから、格好悪いものをつくりたいなんて微塵も思わない。
それでも、最初に考えるのはそこではない。
この場所で、何を商売にするのか。
例えば、景色のいい土地に宿をつくるなら、
何室つくるのか。
一泊いくらで売るのか。
誰が泊まりに来るのか。
年間何泊売るのか。
その人は何を目的にここまで来るのか。
食事はどうするのか。
温泉はあるのか。
スタッフは何人必要なのか。
清掃をどうするのか。
予約をどう取るのか。
そして、
いくら売って、いくら残るのか。
そこまで考えて、場合によっては、
「そもそも宿にしない方がいいんじゃないですか」
となることだってある。
飲食店でも同じだ。
二十席必要なのか。
十席でいいのか。
料理人は何人いるのか。
客単価はいくらなのか。
一日に何回転させるのか。
ランチをやるのか。
夜だけで成立するのか。
個室は必要なのか。
厨房は本当にそこまで大きくする必要があるのか。
これが決まっていないのに、
「厨房は何坪にしましょう」
「客席は何席にしましょう」
と図面を描き始めても仕方がない。
事業が建築を決める。
僕はそう考えている。
建築には、不思議な力がある。
綺麗なCGを見ると、なんとなく事業まで成功しそうに見える。
格好いい平面図を見ると、なんとなく良い店ができそうな気がする。
でも当然ながら、
美しい建築と、儲かる商売は別物だ。
どれだけ美しい宿でも、お客様が来なければ続かない。
どれだけ格好いいレストランでも、その建築を成立させるために人件費や固定費が膨らみ、売上で吸収できなければ苦しくなる。
建物をつくった瞬間から、
その建築は経営に参加する。
だから僕は、建築を経営から切り離して考えたくない。
僕がよくやるのは、逆算だ。
この宿なら、一泊十万円を取れる。
年間これくらい稼働できる。
だったら、年間売上はこれくらい。
運営費を引けば、これくらい残る。
その事業なら、
投資できる金額はここまで。
だったら、その予算の中で一番いい建築をつくろう。
この順番だ。
単純なコストカットではない。
景色。
温泉。
露天風呂。
お客様がその場所を選ぶ決定的な理由になるものなら、そこにはお金をかける。
逆に、事業を強くしないものには、必要以上にかけない。
お金をかける場所と、
かけない場所を決める。
これも事業設計だと思っている。
だから僕がやっていることを、
「店舗デザインですか」
「建築プロデュースですか」
と聞かれると、少し答えに困る。
デザインもする。
建築にもかなり口を出す。
料理も考える。
価格も考える。
オペレーションも考える。
場合によっては、物件探しから始める。
でも、それぞれを別々にやっている感覚はない。
その場所に、まず強い事業をつくる。
そして、その事業に必要な建築をつくる。
長く続く。
ちゃんと利益が出る。
そこで働く人にも無理がない。
お客様にも喜ばれる。
そのうえで、美しい。
僕がつくりたいのは、そういう場所だ。
だから順番は変えない。
強い事業をつくってから、きれいな店をつくる。
僕にとって事業開発とは、
たぶん、そういう仕事だ。

シンスズキ|事業家・経営参謀
ワンスインアライフタイム株式会社のオーナーでもあり、飲食、宿泊、不動産、建築など、いくつかの事業に人生をかけて取り組んでいます。ときどき、他社の経営にも首を突っ込みます。