#040

その発言、どの高さから見ていますか。

2026秋 | THOUGHT

視座が変われば、発言も変わる。

視座が変われば、発言も変わる。

僕だって、人には好かれたい。

一緒に働いている人たちから、
嫌われたいわけじゃない。

できれば、
「シンさん、それいいですね」
と言ってもらえる方が気分はいい。

でも、仕事をしていると、
それだけでは困る。

僕が間違っているなら、

「シンさん、それ違いますよ」

と言ってほしい。

ただ、最近思うんです。

問題は、
意見を言うかどうかじゃない。

どの高さから、その話をしているか。

ここで言う「高さ」は、
役職の高さではありません。

視座の高さの話です。

たとえば、

「人がいないから、できません。」

現場から見れば、
これは事実かもしれない。

目の前のシフトを見れば、
本当に人が足りない。

だから、
その発言自体は間違っていない。

でも、店全体を見る人なら、

「今の人数では難しいです。
ただ、ここを変えればできます。」

になるかもしれない。

さらに会社全体から見れば、

「この店だけでは無理ですが、
他店との配置を組み替えればできます。」

になるかもしれない。

もっと先まで見れば、

「この状態が続くなら、
そもそも採用や配置の仕組みを変える必要があります。」

という話になる。

同じ「人がいない」という事実を見ていても、

立っている高さによって、発言が変わる。

これが視座なんだと思います。

現場には、現場の正しさがある。

店長には、店長の正しさがある。

経営には、経営の正しさがある。

どれかが間違っているわけではない。

ただ、
見えている範囲が違う。

今日だけを見るのか。

今月を見るのか。

会社全体を見るのか。

三年先まで見るのか。

その違いで、
同じ問題への答えはまるで変わってくる。

だから僕は、
誰かの発言を聞くとき、

「賛成か、反対か」

だけを聞いているわけではない。

この人は今、どこからこれを見ているんだろう。

そこを見ている。

もちろん、
現場からしか見えないものもたくさんある。

僕には見えていないことを、
現場の人が見つけることだってある。

だからこそ、
上とか下とかいう話ではない。

必要なのは、

一度、自分が立っている場所から離れてみること。

もし自分が店長だったら。

もし自分が社長だったら。

もし自分がこの会社を三年後まで背負う人間だったら。

同じことを、
同じ言葉で言うだろうか。

たぶん、
発言は変わると思う。

僕自身も同じです。

自分では高いところから見ているつもりでも、
もっと高いところから見れば、
間違っていることはいくらでもある。

だから欲しいんです。

ただ反対してくれる人ではない。

ただ「できません」と言ってくれる人でもない。

「今の体制では難しいです。
でも、こう変えればできます。」

「なぜなら、
現場はこうで、数字はこうで、
この先こうなるからです。」

そこまで持ってきてくれる人。

僕と同じ高さまで来て、

できれば、
僕より高いところから議論してくれる人。

そして、

「シンさん、それ違いますよ。」

と言ってくれる人。

そのときは、
ちゃんと聞きます。

たぶん。(笑)

発言の内容だけを聞くのではなく、

その発言が、どの高さから出てきたものなのか。

僕は最近、
そこをとても大事にしています。

シンスズキ|事業家・経営参謀
ワンスインアライフタイム株式会社のオーナーでもあり、飲食、宿泊、不動産、建築など、いくつかの事業に人生をかけて取り組んでいます。ときどき、他社の経営にも首を突っ込みます。